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「あとの祭り」

「もう定時だから、あがっていいよ。」
私の事務所では、仕事は定時には上がるのが習慣となっている。

「でも、この書類今日中に作り上げてポストに投函しておきたいんですよ」

「いいから早く帰れって。あとはやっておくから」
私は、職員想いの心優しい人物なのである。

「でも…、この書類再発行できない大事な書類だから、絶対に間違えないで丁寧に書いてくださいよ」
「わかったから大丈夫。今夜中に書いて出しておくから任せておけ。」

そうして、皆が帰宅した後、独りリラックスした状態で書類への記載は順調に進んでいた。
「コーヒーでも飲むか。でもこぼしたら大変だからコーヒーは別のところに置いておこう。」
そう考えて、少し離れた場所にコーヒーカップを置いて、ちょっと飲んでは席に戻るを繰り返した。

人間、面倒くさいことは長続きしないものだ。
すぐに、コーヒーカップを手にしながら書類を書いていた。

案の定、ポトっと一滴、口元から書類の上に垂らしてしまった。
かつて、若いころは不満をこぼし、中年になると愚痴をこぼしていたが、最近ではご飯をこぼすようになっている。

「やばいな。ティッシュですぐに拭かないと」
そう思って、ボックスティッシュに手を伸ばしたときだった。

事件は起こった!
ガタッという音とともにコーヒーカップが横転していた。
こげ茶色の波が立体感を伴って、みるみると書類の上を駆け抜けていった。

「まずいぞ。バレたら大惨事だになるぞ。発狂して取り返しのつかない事態になるな。」
私は慌てて布製のフキンを取りに流しに走り、書類の上にゆっくりと覆いかぶす。
フキンは期待に応えてくれ、コーヒーをグングンと吸い取っていった。

よし、次はこげ茶色のシミ抜きだな。
そう思って、今度はコップに水を汲んできて、こげ茶色の上に少しづつかけてはタオルでポンポンと叩くことを繰り返す。

コーヒーはしぶとかった。
ちょっとやそっとではこげ茶色は消えなかったことから、漂白剤を適量垂らしてそっと拭いてみる。

これは効果的だった。
かなり色が薄くなってきたので、最後の仕上げの乾燥となった。

ドライヤーの風を柔らかく当ててみると、徐々に乾いていった。
「なんだよ、シミ抜きなんて簡単じゃないか。明日からシミ抜き名人を名乗ろうかな」と
自信満々にドライヤーの風をなびかせていた。

だが、そんな達成感など長続きする訳がなかった。
世の中そんなに甘くはないのだ。

そう。書類は乾くにつれ、スルメイカのように大きく波打っていった。
その波のうねりを直そうと両方に引っ張った瞬間だった。

「ビリッ」

綺麗に引き裂かれていた。
もはや、修復などできるレベルにはないことは明白だった。
どうやら私は、損害を最大限に食い止めたようだった。

「あ、そうだ。大事な用を思い出した…。」

そう独り言をつぶやきながら、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。

焦点が定まらない私のうつろな目には、明日の朝訪れるであろう大惨事の光景がはっきりと映しだされていた。

皆さんも、くれぐれも大事な用を頼まれたときには、決してコーヒー片手に作業はなされぬように。


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