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コロナワクチン

ついにコロナワクチンの接種券が届いた。
仕事上、クリニックの理事長にお会いすることが多く、しばしば接種の声掛けを頂いていたが、ズルして割り込むことは拒んできた。
私は、こういうところは一本筋の通った性格なのだ。

いつもは仕事上通い慣れたクリニックではあるが、一患者としてワクチン接種を受ける日は緊張した。
無事に接種を終え、次回接種日の書かれた用紙と15分間のタイマーを持ったまま、ワイドショーを見ていた時のことであった。

ワクチン接種会場とは別の部屋で外来患者の診察中の理事長がつかつかとワクチン接種会場に姿を現す。
会場内に一気に緊張が走る。

私の前まで歩み寄ると、小さな声で「書類とタイマーをそのまま持ったまま、こちらへ移動を。」とささやかれ、
席を立つことを促される。
向かう先にあるのは、理事長室。
私は、急遽の仕事上の打ち合わせだと気付いていたが、周囲の反応は違っていた。

ざわつく会場内。
「理事長先生が別の場所での診察中、ワクチン接種会場まで呼びに来たぞ。これは何かあったな。」
「隔離されるんだ!」
みんなの顔にそう書いてあった。
私の座っていた椅子の近くにいた人達は、蜘蛛の子を散らすように一斉にその場を離れた。

他の外来患者も、理事長先生の後にトボトボと歩く私の姿に異変を察し、ざわつき始めた。
皆の顔がこわばっているのがわかった。

そして、理事長室に入る直前、こんな声が耳に入ってきた。
「あの人、コロナに感染してたんじゃないの?」
「えーっ、どうしよう。大変なことになった!」

明らかに私に異常事態が発生していると勘違いしていた。

「違うんです!仕事上の打ち合わせなんです!」と言いたかったが、
そんなことを言っても、誰も信じてくれないと思い、そのまま静かに理事長室へと消えていった。

案の定、打ち合わせが終わり、理事長室から出てくると、もう誰もいなくなっていた。

暗くなったクリニックのロビーをひとり後にする。

いったいあの場にいた人たちは、今頃どうしているんだろうか?
家に帰って、家族に相談をしているのだろうか?

色々なことが脳裏によぎり、申し訳ない限りだった。
すぐに事情を説明せず、人騒がせをしてしまい、すみませんでした。

きっと、翌日の新聞で何事も起こっていなかったことは確認したはずだから、
大丈夫だとは思うが…。


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(END) Thanks for reading!

「あとの祭り」 2022年 小さな幸せ